結婚式

6月の梅雨の気まぐれな晴れ間。

 

本当にそんな言葉がぴったりの日だった。

 

昨日までどしゃ降りだったのが嘘の様に晴れた。

 

空は青空。

 

雲一つない。

 

今が梅雨なのかと疑う様な日。

 

 

 

 

 

真っ白なドレスに身を包み年代物のアンティークレースのベール。

 

その上にはレンタルだか何だか知らないけど物凄くゴージャスなティアラが付けられた。

 

まぁ、《あの》桐生家がレンタルとは考えられないけど。

 

ドレスも某高級ブランドのオーダーメイドで、世界に1着だけの代物。

 

何度も採寸、試着に海外から足を運んで貰った。

 

この2ヶ月と言う短期間によく間に合ったものだ。

 

かなりのお金を叩いて無理矢理間に合わせたんだろうけど…。

 

そして生花で作られたブーケは私のお腹の高さから床に届きそうなゴージャスなもの。

 

 

 

 

11時からの式に私は朝7時から支度に追われていた。

 

メイク、髪、衣装、最終打ち合わせ…

 

 

 

 

「うっわ!先日お会いした時より更にお肌がツルツルですね」

 

担当のヘアメイクの大森さんが大袈裟な声を上げる。

 

「エステのお陰です。腕が良かったので」

 

と言うととても喜んでいた。

 

だってこの人の店のエステに通っていたんだから。

 

 

 

 

 

肌のチェックを済ませ、髪をカーラーで巻く。

 

「凄く綺麗な髪ですね…地毛ですか?」

 

「ええ。クオーターなので」

 

「うわ!格好いい!やっぱり本物は違いますよね。色も綺麗だし何より艶々」

 

そう言って腰まで有る髪に櫛を通す。

 

薄い色素のブラウンの髪。少しグレーっぽく見える時もある。綺麗なストレートだと良いんだけどナチュラルにほんの少し大きくウェーブが入ってる。

 

今は毛先をカーラーで巻いているからアップにした時かなりのボリュームと、ゴージャスな感じになると思う。

 

わざと後れ毛を作り、かっちりしすぎず、甘すぎず、ドレスに合わせて結い上げられていく私の髪。

 

さすがはプロ。

 

そして仕上げのメイクも私の薄いブラウンの目に合わせて優しい雰囲気に仕上がる。

 

 

 

 

 

今日は決しておめでたい日ではない。

 

私の器量の試される日。

 

そして…

 

私の中では

 

忍耐の結婚生活が始まる。

 

いや、闘いかも知れない。

 

回りとの…

 

そして何より自分との…
結婚式は親族だけ…と言っても、両家の親族だけでもかなりの人。

 

親戚って…どこまで呼んだの?

 

と、見たことない人まで三条を名乗っていることに苦笑いがでた。

 

まぁ、勝手に列席出来るわけもないから、パパが招待したんだろうけど。

 

今や、三条家の中では私は神様の様に扱われている。

 

『茉愛沙ちゃんのお陰で、この先も三条家は安泰だ…』

 

と。

 

 

 

 

 

式が始まる前にママが会いに来てくれた。

 

「綺麗よ…」

 

そう言って私のティアラを目にして

 

「私のを譲り受けて貰おうと話したら、

 

『それはこちらで…』

 

と、零さんが用意された物よ」

 

「レンタルかしら」

 

「まさか!何て事言うの!これからは公式の場に着けて出ることが有るでしょうから、大事になさい」

 

と、満足そうなママ。

 

皇族でも有るまいし…

 

 

 

 

 

そりゃ、確かに桐生家の嫁がレンタルのティアラって…笑われるわね。

 

私は今日から日本でも指折りの資産家の家族の一員になる。

 

しがらみ、妬み、嫉妬、あらゆる負の感情を持った者が私を襲ってくるだろう。

 

特にこう言う一族は身内からの攻撃が半端ない。

 

そんなことは散々学友である友達から聞いてきた。

 

そして、それらから私を守るのは誰でもない私自身。

 

他の誰も守ってくれなんてしない。

 

そして…

 

誰も信じない。

 

本来なら旦那様が守ってくれるものなんだろうけど…

 

 

 

 

 

あの時の様子だと、零は私には触れる事はないだろうから子供は…望めない。

 

私に味方してくれるものも、私の生き甲斐になるはずの子供も望めないのだろう。

 

それだけは…考えると辛かった。

 

 

 

 

 

だけど…

 

それも全て覚悟の上。

 

私が三条の娘としてこの世に生を受けた時から、私の意思とは関係なく駒として利用されることは決まっていたこと。

 

その相手が《零》と言うだけ。

 

《桐生家》と言うだけ。

 

相手がどこでも誰でも同じこと。

 

都内の有名なチャペルを貸し切り式を上げた。

 

 

 

 

 

扉が開いて、一礼。

 

目の前に伸びるバージンロード。

 

パパの腕に手をかけて零の所まで行き、差し出された手に手を重ねる。

 

初めて触れたはずの手もそっと握られた手は手袋をしているから暖かさも感じない。

 

心は何も感じなかった。

 

 

 

 

 

神父様の前まで行く。

 

聖書の言葉を読み上げる神父様。

 

そしてありきたりの誓いの言葉…

 

 

 

 

 

「誓います」

 

と、低くい声がホールに躊躇いなく響く。

 

どんな顔でそんなことを言っているのか顔を覗き込みたくなる衝動を抑えながら、私も口にする。

 

「…誓います」

 

と。

 

 

 

 

 

でも…

 

偽りの言葉ではない。

 

決して。

 

私はちゃんと誓います。

 

 

 

 

 

そして左手の手袋を脱ぎ、零が私の指に指輪をはめる。

 

初めて見る結婚指輪はプラチナのシンプルなリングだった。

 

そして、私も零の手を取り左の薬指に指輪をはめる。

 

この時初めて触れた零の手は…想像の通り冷たかった。

 

そして長く綺麗な指。

 

男の人の手にさせておくのが勿体ないくらい。

 

長くて艶やかな爪が更にそう思わせた。

 

 

 

 

 

そして私の顔を覆っていたアンティークレースのベールに手を掛けそっと持ち上げる。

 

私もそれに合わせて少ししゃがみ、ゆっくりとめくり上げられるのを待つ。

 

前に垂れていた部分が背中の方に回され、視界を遮るものが何も無くなった。

 

目の前に天使の顔をした悪魔が立っていた。

 

ひどく綺麗なその顔がそっと近づき私の顔に影が落ちる。

 

私もそれを遮るように目を閉じた。

 

一瞬…

 

ほんの一瞬だけ触れた唇は直ぐに離れ、私の顔に明かりがさした。

 

 

 

 

 

パチパチ…

 

参列者から拍手が送られ、私たちはそのままバージンロードを歩きながら正面の出口を目指す。

 

披露宴には新郎側との釣り合いを見ながら招待した女学院時代の友達は皆が皆、声を揃えて羨ましがっていた。

 

 

 

 

 

「三条さんは私たちの憧れで成績も常にトップで容姿端麗、頭脳明晰、品行方正…」

 

 

 

 

 

途中から聞くのをやめてしまったスピーチ。

 

今の私が本当に羨ましいのだろうか。

 

代われるものならかわってあげたいけど…?

 

 

 

 

 

沢山の方がご挨拶に来て下さった。

 

基本、桐生家はこのグループのトップだし、その長男と結婚するんだから、立場的に零の上の人は居ないと思う。

 

会長とお義父様以外だけど…

 

こちらから挨拶に回ることもなく、雛壇に座りただ微笑んで過ごした。

 

 

 

 

 

スタッフの人に

 

「新婦様そろそろお色直しを」

 

と言われ席を立つ。

 

各テーブルに会釈をしながら出口に立つと一旦場内を振り返ってゆっくりとおじきをして会場を出た。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です」

 

そう声を掛けてもらい

 

「ありがとう御座います」

 

と微笑む。

 

ドレスを脱いでガウンを羽織り、髪をセットし直す間にサンドイッチやジュースをストローにさして渡してくれる。

 

 

 

 

 

「ありがとう。でも…あまりお腹は空いていないの」

 

「そうですよね。こんな日にバクバク食べれる新婦さんは居ないわ」

 

と、大森さんは笑っていた。

 

「でも、水分だけはとっておいてね。ぶっ倒れちゃうから」

 

「…はい」

 

返事はしたものの、結局2口程飲んだだけだった。

 

白のウエディングドレスの次は肩にバラをあしらったピンクのグラデーションのドレス。

 

裾広がりでたっぷりのレースとバラのモチーフと、スパンコールが散りばめられ、ドレスは肩の辺りが薄ピンクで裾になるほど濃いピンクに。

 

なんとも《可愛らしい》ドレスだった。

 

「何て可愛らしい!多分全部の中でこのドレスが一番茉愛沙さんに似合ってると思うわ」

 

そうはしゃぐように言う大森さん。

 

私よりもよっぽど嬉しそう。

 

 

 

 

 

ティアラはそのままに支度の出来た頃、先日の撮影を思い出した。

 

 

事前に全てのドレスを着て、そしてそれに合わせて零もタキシードやフォーマルを着て驚くほどの枚数の写真撮影をした。

 

ウエディングドレスの時もかなりの枚数を撮った。

 

1人、ママと、パパと、お義母さま、お義父さま、の其々のツーショット。

 

そして全員と。

 

勿論零とのツーショットがほとんど。

 

館内、ガーデン、階段、場所も様々。

 

 

 

 

 

零は淡々とこなしていくけれど、1度も目が合うことは無かった。

 

そして言葉が交わされることもない。

 

ただ、人前だと人が変わる。

 

紳士な零。

 

優しい夫を演じてくれた。

 

…この時に現実を見た気がした。

 

 

 

 

 

……。

 

こんな調子で数回目のお色直しをした頃には私もかなり疲れ果てていた。

 

「ゼリーを食べて?」

 

持ってきてくれるけど食べたくない。

 

それでもと、ジュースを無理矢理口に含む。

 

既に披露宴も4時間が過ぎていた。

 

でもまだ終わりそうにない。

 

普通披露宴て3時間程度のものだから精々4時間程のものと思っていた。

 

先の見えないことにペース配分もない。

 

桐生家の披露宴に一般的な常識が適応するとは思わないけど甘く見すぎていた。

 

司会は某有名アナウンサー。

 

演奏は生オケ。

 

出席者は千人余り…

 

 

 

 

 

まぁ、私は座って微笑んでるだけなんだけど。

 

何度目かのお色直しと言われたドレスはストンとしたシンプルなバイオレットのドレスだった。

 

裾が変則的になっていて、後ろの部分が極端に長く引きずって歩く。

 

そして髪も今までアップにしていたのを半分下ろし、左肩に腰までのブラウンの髪を垂らした。

 

「これは…随分と雰囲気が変わりますね。とても色っぽい。とても20歳の花嫁さんには見えないわ」

 

と、言われた。露出はさほどないのに、体のラインに沿ったドレスだからだろうか。