パートナー

当分暮らすだけの貯金は持ってきた。

 

マンション暮らしで家具とかを揃えなかった分、その分お金として持たせてくれたママ。

 

そして、私が自分で貯めた分も有る。

 

これだけあれば…

 

 

 

 

 

数年後に零が誰かの子を引き取り私がここを出て行くことになった後も暮らせるはず。

 

その間に大きな買い物さえしなければ。

 

その後もバカみたいに贅沢さえしなければ生きていけるだろう。

 

世間知らずで、アルバイトもしたこと無いけど、その気になれば働ける…と思う。

 

自信はないけど。

 

 

 

 

 

一応、付け焼き刃だけど、結婚が決まってからの2ヶ月は料理教室でパーティー料理と、ばあやに家庭料理を特訓してもらってきた。

 

 

 

 

 

実家暮らしではないと聞き、洗濯や、掃除の仕方も一通りは教わってきた。

 

まだ、実戦はしてないから本当に出来るかどうかは別として。

 

 

 

 

 

積み上げたトランク。

 

壁際に置き棚がわりに使ってる。

 

中身は殆どは出しきれなかった服なんだけど、その中に1つだけ自分の身の回りの雑貨を持ってきたトランクがある。

 

ママの写真と塔季の写真。

 

鞄の上にレースのショールを掛け、その上に並べた。

 

そして、ママと塔季と椿に貰った毎年の誕生日プレゼント。

 

他の何は無くても、この子達だけはどこへでも連れていく。

 

 

 

 

ここを出ていくときも。

 

とりあえず身支度を整えようと、自室へ戻りかけたとき、テーブルの上にお金がそのまま残されていることに気付いた。

 

 

 

 

 

「やっぱり帰らなかったんだ…」

 

 

 

 

 

そのまま私はリビングを出た。

 

そして、浴室に入り洗顔を済ませると自室へ戻って着替えた。

 

花のモチーフが着いた可愛い系の白いカットソーに。アイボリーのシンプルなスカート。

 

「よし…」

 

と、クローゼットの内側に着いた鏡で全身を確認してから扉を閉めた。

 

 

 

 

 

今日は買い物に行く必要がある。

 

スーパーに買い物に行ったことが無い訳じゃない。

 

椿によく夕飯を作って貰ったから。

 

買い物には一緒にいった。

 

荷物も半分こして持ち合った。

 

支払いも半分こ。

 

 

 

 

 

椿の家とうちは生活水準が違う。

 

そんなことはお互い幼い頃から分かってた。

 

だけど、私と椿は対等だった。

 

《茉愛沙》と《椿》。

 

利害関係も無く、幼い頃から変わらない関係が嬉しかった。

 

そのお陰で家では何もしない生活を送っていたけど、椿の家で過ごす時間は椿の家のルールに従った。

 

洗い物こそしなかったけど、食べ終えたものはシンクへ自分で下げる。

 

居間で過ごすときには一緒にコタツにも入ってた。

 

 

 

 

 

…あの日々が懐かしい。
とりあえず自分の物を洗濯しようとランドリールームへ行く。

 

 

 

 

 

使ったことが無いのか、この度買ったものなのか知らないけど真新しい洗濯機。

 

律儀に取り扱い説明書まで置いてある。

 

 

 

 

 

いちど蓋を開けたが洗剤は?

 

他にも分からないことが。

 

洗濯1つに思ったより時間がかかる。

 

と言うか、家に有った物と種類が違うだけで、使い方が分からないなんて。

 

取り扱い説明書を手に取り携帯を片手に、洗濯の仕方を婆やに教わる。

 

 

 

 

 

「婆や?おはよ。私、茉愛沙」

 

『はい。おはようございます。お嬢様』

 

「あのね…。洗濯の仕方が分からないの」

 

『お洗濯の…ですか?』

 

「そう。家で、教えて貰ったのと種類が違うの」

 

情けない声が出る。

 

『まぁまぁ、そうなんですか。でも大丈夫ですよ。基本は同じですから』

 

婆やのゆったりとした話し方にほっとした。

 

「えっと…この《洗剤投入口》ね?……ええ。いつ入れるの?」

 

 

 

 

 

ランドリールームの扉を開けっ放して婆やとの電話に夢中になっていた私は、戸口に立つ零に気付いてなかった。

 

悪戦苦闘していると、ふと視線を感じた。

 

 

 

 

 

ギクッ!

 

 

 

 

 

「あ…おはようございます」

 

床に座り込んで説明書を読んでいた私。

 

慌てて電話を切ってポケットにしまった。

 

そして説明書を手に持って立ち上がる。

 

 

 

 

 

「…何やってる?」

 

「あの…いえ。別に」

 

まさか洗濯機の使い方が分からないなんて言えない。

 

ちらっと洗濯機を見て私の手に有る説明書を体の後ろに隠した。

 

 

 

 

 

「昼から《白滝》と言うのが来る」

 

「白滝…様?」

 

「いや、家の事を任せてる者だ」

 

「え…と、お手伝いさん?」

 

「あぁ。そんなところ」

 

私はチラッと洗濯機を見た。

 

これは洗濯をする必要ないと言われているのか、その人に聞けと言われているのか…。

 

 

 

 

 

それだけを言うとどこかへ行ってしまった零。

 

私は悶々と一人で考えた。

 

 

 

 

 

お手伝いさん…

 

なら、私は下手にこの家の物を触らない方がいい?

 

でも、朝食位は…

 

私はここで何をしたら良いんだろう…

 

 

 

 

 

私はランドリールームを出て、リビングに行った。

 

零は既に着替えていてシャツの袖口のボタンを止めながら私を見た。

 

「あの、すみません。朝食の準備ができてません」

 

と頭を下げる。

 

「朝は食べない」

 

そう言ってからちらっとキッチンを見て

 

「コーヒーは入れれるか?」

 

と言う。

 

「…あ、はい」

 

…食べないんだ。

 

そんなことも知らない私。

 

 

 

 

 

私はキッチンに向かいコーヒーメーカーを横目にコーヒーポットとドリッパーを使って丁寧にコーヒーをいれた。

 

これは婆やから直伝で教わったとっておき。

 

婆やのいれるコーヒーは本当に美味しかったから、結婚が決まった時一番にこれを教わった。

 

こんなに早く役に立つときが来るなんて。

 

カップにコーヒーを注いでソーサに乗せて、トレーで持っていく。

 

零はリビングのソファーで新聞を広げながら朝のニュース番組を見ていた。

 

「すみません。ミルクとシュガーが見つからなくて。今日中に用意しておきますから」

 

そう言ってキッチンに戻ろうとすると、

 

「コーヒーはブラック。目を覚ますために濃いめで」

 

そう言ってコーヒーに手を伸ばし一口飲んで、一瞬止まった。

 

「…」

 

気に入らなかったのだろうか?

 

小さく首を傾げ

 

「…あの、もし拘りの豆とか有るんでしたら言って下さい」

 

今日は私も何も用意していなかったから、ここにある豆を使った。

 

まさか…ここにあった物なんだから気に入らないってことは無いと思うんだけど…?

 

 

 

 

 

「…いや、別に」

 

そう言って零は新聞に目を落とす。

 

 

 

 

 

嬉しいと言うよりホッとした。

 

何も出来ない私だけど、コーヒー位は気に入って貰えたのなら。

 

今度、婆やに家の豆はどこで買っているのか聞いておこう。

 

零の話を聞くのに立ち止まって零を見ていた私はテーブルのお金に目が止まる。

 

 

 

 

 

朝…帰ってきたのかな。

 

そう思いながら

 

「これ…昨日は、私の友人のタクシー代を払っていただいてありがとうございました」

 

そう言ってお金を手に取り零に差し出した。

 

じっとそれを見ていた零は私の言ったことには応えずに、ポケットから財布を出しブラックのカードを差し出す。

 

「使え」

 

「え?」

 

「要るだろう?」

 

「…いえ、別に」

 

「お前は桐生 零のパートナーになったんだ。少なくとも世間では」

 

 

 

 

《少なくとも世間では…》

 

 

 

 

「はい」

 

「なら、俺に恥をかかすな」

 

「…え?」

 

「身なりは整えておけ。いつでもだ」

 

「…はい」

 

私は返事と共に頷いた。