社長夫人

そして、カードを受け取る。

 

「あの…これ」

 

と、お金を差し出すと

 

「いらない」

 

そう言って席を立った。

 

 

 

 

 

私は慌ててソファーの背もたれに掛けてある上着を持った。

 

一瞬止まった零は手を差し出す。

 

そして、その手に上着を乗せた。

 

 

少し間を空けてから

 

「私の結婚は政略結婚なの」

 

「うん。そんなことは知ってる」

 

「別に何か有るって言う訳じゃなくて、あの人が言うには」

 

「あの人って?」

 

「零さん」

 

「あぁ。旦那さんね」

 

「そう」

 

「私のお爺様と、桐生家のお爺様がお友達らしくて…」

 

「ええ!世の中狭っ!」

 

「で、結婚しろと言われた…と」

 

「何それ。それだけ?」

 

「うん」

 

「でもね、三条よりも比べ物にならない程の企業でしよ?桐生グループ何て言ったら皆が知ってると思うけど。
何が有っても私からは破談には出来ないの。そんなことをしたら…確実に三条家は潰されてしまう」

 

「はぁ??金持ちのやることは本当に理解できないわ」

 

「確かにね。理不尽なことばかりだと思うよ。だけど、会社ってそうやって道を広げ、足場を固めていく物なのよ」

 

「茉愛沙…」

 

「そこには会社の都合は有っても、個人の都合は関係ないの」

 

「…うん」

 

「私は幼い頃からそう言われながら育ってきた。それは身に染みてる。
さっきも言ったけど、第一今回の婚姻はうちよりも下の会社ではなくて、上も上の…本来なら手の届かない様な所の方たちが相手」

 

「…」

 

「三条の身内からはよくやったと褒め讃えられたわ」

 

「…」

 

「下手は出来ないの。絶対に失敗は許されない」

 

「失敗?」

 

「何があってもこの結婚を破談には出来ないってこと」

 

「…茉愛沙…そんなんで幸せ?」

 

椿の言葉に胸がつまる。

 

青葉の事を口に出さない椿。

 

今の話だけで青葉との事がどうなったかなんて口に出さなくても分かってるだろうから。

 

「…幸せは後から着いてくるものだと…思ってる」

 

「どう言うこと?」

 

「何を幸せだと感じるかは感じたその時に分かることよ。そこに居ることなのか、誰かと出会える事なのか、それか…宝物を見つけるかもしれない」

 

そんなこと…本当は微塵も期待してないのに口が勝手に喋ってく。

 

 

 

 

 

「茉愛沙の旦那ってさ恐ろしいほど男前だよね」

 

「そうかな。人それぞれの好みでしょ」

 

「いや、あれは100人が100人ともそう言うと思うよ」

 

 

 

 

 

「う…ん。そうなのかな…

 

だけど…

 

私は青葉の方がいい…」

 

 

 

 

 

シーンと静まり返る部屋。

 

要らないことを口にしてしまった。

 

言ってすぐに後悔した。

 

「…ごめん」

 

 

 

 

 

「…ううん。気にしないで…」

 

椿の瞳が揺れる。

 

私の心中を察しての事なんだろう。

 

現実に心が着いていけてない私の心を
…。

 

 

 

 

 

「でもさぁ、断言してあげる」

 

「?」

 

「茉愛沙の事も100人が100人とも綺麗だと思うはずだよ」

 

「そんなこと無いよ」

 

「何でよ」

 

「本当に綺麗な人って…居るんだよ。私…見ちゃった」

 

「どんな人?」

 

「スラッと背が高くて、顎のラインがスッとしてて、何て言うんだろ。オーラが違うの」

 

「はぁ?今言ったのってさ、まんま茉愛沙の事じゃん」

 

「はぁ?違うでしょ!私はスラッとしてないし、顎のラインもスッとなんてしてない。目もあんなに切れ長で…」

 

「それって…誰よ」

 

椿が訝しげな顔をする。

 

「ん…最近見た人」

 

「ふーん。あんた鏡でも見たんじゃないの?」

 

「だから!違うってば。どう見たら私の目が切れ長なのよ!」

 

丸い目が更に丸くなってるだろうって事を自覚しながら椿に反論する。

 

「茉愛沙さ、近いうちに時間とれない?」

 

「いいよ。時間ならいくらでも。あ、週末は駄目だけど」

 

「予定有るんだ」

 

「うん。パーティーだって」

 

「うへ…」

 

椿は私がパーティーに行くって言うと、ドレスアップしてパパに連れられて行くあの姿を見てるから…

 

堅苦しいのが苦手な椿。

 

自由で気ままな猫の様。

 

私はいつでもそれが羨ましくて仕方がなかった。

 

早々に赤ちゃんが出来たからって結婚しちゃった椿。

 

でも、幸せオーラ全開で…

 

眩しくて仕方ない。

 

 

 

 

 

「ねぇ、赤ちゃんいつが予定日だっけ?」

 

「えへへ。もうすぐ」

 

「…まさか…臨月なの?」

 

「そうだよ」

 

「それで披露宴に来くれたの?」

 

「あったり前じゃん。産んだ当日だって出席するよ」

 

「…椿」

 

「バカだね。あんたは1人じゃないんだよ」

 

「うん」

 

「茉愛沙、一緒に幸せになろうね。あんたは幸せにならなきゃいけない子なんだよ。だって…こんなに良いヤツいないのに…」

 

ポロポロと涙を流しながら私の手を握る椿。

 

「…実はさ…」

 

涙をぬぐいながら話を続ける。

 

「…兄ちゃんに聞いてたんだ」

 

「え…?」

 

「とうとう…その日が来たって」

 

「!」

 

「分かってたんだよ。手の届かない存在だってことは…」

 

「そ…そんな」

 

「だからさ、2年以上も付き合ってんのに兄ちゃん、茉愛沙に手をだしてないでしょ」

 

「…」

 

「キスは奪われちゃったかも知んないけどね」

 

「つ、椿!」

 

「20歳にもなってバージンなんて天然記念物に登録したいくらいだよ」

 

「…」

 

「だけどさぁ。兄ちゃん、いつか来るこの日の為に…

 

茉愛沙だって分かってたでしょ?兄ちゃんとは…結婚できないんだって」

 

「…」

 

 

 

 

 

分かってた。

 

分かってたけど『うん』とは言えなくて…

 

最初から青葉の事は一時の物だったんだとと思われたくなくて…

 

「私は青葉が好きだった」

 

「知ってる」

 

「青葉との時間は遊びとか、嘘なんかじゃない」

 

「知ってる。茉愛沙がそんなこと出きる子じゃないってことも。兄ちゃんだって分かってるよ」

 

 

 

 

 

「…そ…だね」

 

 

 

 

 

付き合う前から。

 

思いを寄せる前から。

 

出会う前から。

 

生まれた時から。

 

 

 

 

 

私は三条家の娘なんだから。
その後夕方まで話し込んだ私たち。

 

 

 

 

 

夕飯の買い物にスーパーに一緒に行って、荷物を持ってあげたり、高いところの物を取ってあげたり、赤ちゃんの物を買ったり、見たり。

 

本当に時間を忘れるくらい楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

「そう言えば、さっき、時間取ってって何だったの?」

 

「あぁ。もういいや」

 

「何?気になる」

 

「んー。こうやって一緒に出掛けたかっただけ。今日は旦那も夜勤だから居ないしねだけど赤ちゃんの物を揃えなきゃなんないし荷物持ちに茉愛沙を使おうと思ったんだよ」

 

「それだけ?」

 

「それだけって…あんたね、新妻だよ?ご飯作ったり、掃除したり、旦那の帰りを待ったり、色々忙しいでしょ?」

 

「ううん。全然。だって…お手伝いさんがご飯も家の事もぜーんぶしちゃうから、何にもしなくていいの」

 

「は?あんたは今、マンションで2人で暮らしてんじゃないの?」

 

「そうよ。だけど、お手伝いさんが来て家の事はやってくれるの。それにあの人忙しいから、帰ってくるの夜中でご飯も食べないし。って言うか帰ってくるかどうかも分からないみたいだし」

 

 

 

 

 

「はぁ…社長婦人って…つまんないんだね」

 

 

「週末にパーティーがある。桐生グループの主催のだ企業向けの披露パーティーだ」

 

「はい」

 

「ドレスアップしろ」

 

「はい」

 

「それと」

 

「?」

 

 

 

 

 

「…その時、髪は下ろしとけ」

 

「…はい」

 

 

 

 

 

玄関で靴を履き、振り返る事無く出ていった。

 

閉まる寸前に私は

 

「いってらっしゃいませ」

 

と頭を下げた。

 

聞こえただろうか。

 

まぁ、別に聞こえなくてもいい。

 

 

 

 

 

私はリビングのカップを片付け、ざっとキッチンの戸棚を見た。

 

何も無い。

 

今まではどうやって生活をしていたのだろう。

 

白滝さんとはどう言った人なのだろう。

 

何の説明も紹介も無いまま出会うのは私としては気になるところ。

 

そんなことを考えながらも、ポケットにしまったカードを取り出す。

 

 

 

 

 

私も何枚かこのカードを持っていた。

 

無制限で買い物が出来るブラックのカード。

 

 

 

 

さすがに嫁ぐ前に全てママに返したけど。

 

桐生の人間になるのに、三条の名義のカードを使っているわけにはいかないだろう。

 

桐生の名を汚すことになる。

 

 

 

 

 

それにしても

 

『俺に恥をかかすな』

 

か。

 

確かに気を付けなければ。

 

定期的にエステと、美容院には通わないと。

 

それにある程度の服も意識して定期的に新調する必要がある。

 

あまりそう言うことに興味がなかった私。

 

短大に上がってからはメイクもするようになったけど、殆どはナチュラルメイク。

 

これからはそう言うわけにはいかない。

 

午前中は荷物の整理をした。

 

大した物は無いけど。

 

一応は事前にここに来て必要なものの整理はしておいた。

 

 

 

 

 

メインのベッドルームに有るドレッサーをこの部屋に持ち込むのはやはり図々しいだろうか。

 

あれは…

 

零が用意したものだから。

 

本当に?

 

もしかしたらあの人が使っていたものかも知れない。

 

そんなことを考え出すと、ここに居ずらくなる。

 

 

 

 

 

『家具類は一切要らない。趣味じゃないものを置かれるのは気分が悪い』

 

はっきりとそう言われた。

 

だけど、自分の部屋に持ち込むものは自由なんじゃないかと思う。

 

この部屋だけでも自分の好みに揃えたい。

 

ある程度は図々しさも必要なのかも。

 

 

 

 

 

だけど…。

 

割り込んだのは私だし。

 

それに人の恋路の邪魔をする気はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも…。

 

子供は欲しかったかな。

 

 

ピンポーン…

 

 

 

 

 

白滝さんだ。

 

私は返事をせずに玄関の扉を開けた。

 

返事がないからか、丁度カードを取り出したところだったようで

 

「あぁ。居られたんですか」

 

と言われた。

 

 

 

 

 

「…どうも」

 

「はじめまして。私は白滝と申します。ここのお世話をさせて頂く事に成りました」

 

と言う彼女は小柄で、華奢な体に沢山の荷物を持っていた。

 

そして目をそらすこと無く淡々と話す。

 

「あ、まずはどうぞ入って下さい」

 

そう言って大きく玄関扉を開けた。

 

「失礼いたします」

 

しゃきしゃきした感じの白滝は、三条家をメインで世話していた婆やとは全く違って、かなりがっかりした。

 

婆やはおっとりとして、手際は良いのに穏やかな空気を作り出す達人だった。

 

そんな婆やと、ママに育てられた私はどちらかと言うとのんびり屋だと思う。

 

まぁ、比べても仕方ない。

 

だけど少しそんな人を期待していた私としては表情にも出てしまっていたかも知れない。

 

 

 

 

 

「奥様」

 

「はい」

 

「私は身の回りの世話をさせていただきますが、時間はお昼から夜、夕食の片付けがすむまでです。旦那様は朝はお食べになりませんが、奥様の朝食の準備はしておきす」

 

「はい」

 

「昼食は旦那様は会社に行かれますし、奥様はどうなさいますか」

 

「え?」

 

「もし、必要でしたら準備させていただきます」

 

「あ、いえ結構です。私も必ず家に居るわけでは無いですし、それは自分で」

 

「かしこまりました。旦那様は夕食の時間に帰られることはまず有りませんので、奥さまの夕食を用意させて頂きます。もし、必要ないときには仰って下さい。その都度、他にも何か変更がございましたら仰って下さいませ」

 

「はい。あの、洗濯は…」

 

「勿論、お洗濯も私がさせていただきます」

 

「…そうですか」

 

なら、私がすることではない。

 

私も家に居たときに洗濯をしたことはない。

 

全て婆やがしてくれていた。

 

 

 

 

 

「旦那様には書斎には入らぬように言われております。都合を見て掃除をするときは指示されます。奥さまの部屋は掃除をさせていただいても宜しいですか?」

 

「…お願いします」

 

掃除も…家でもしたことはない。

 

「かしこまりました」

 

そう言うと白滝は持ってきた荷物をキッチンに持っていく。

 

キッチンはカウンターで仕切られていて、世の中では、《対面式》と言うのだろうか。

 

カウンターにはお洒落なカウンターチェアが2つ置かれていた。

 

 

 

 

 

一段下がったリビングを横目に、窓際に置かれた私より背の高い観葉植物を見た。

 

窓から差し込む日を受けて青々とした葉に生命力を感じた。

 

私も…強く生きなければ。

 

環境に負けては居られない。

 

 

 

 

 

「白滝さん」

 

「はい」

 

「洗濯機の使い方を聞いても良いですか?」

 

「…洗濯機ですか?洗濯でしたら私が」

 

「いえ、一応。私…触ったことが無いので」

 

「そんなことは私がします。桐生家の奥さまがなさることでは有りません。私が旦那様に叱られてしまいます」

 

淡々とそう言って、作業の続きを始める。

 

…そりゃそうよね。

 

私は《桐生家の奥さま》ですものね。

 

「そうですね。お願いします」

 

機会のような動き方をする白滝。

 

何だか私がじっとしているのが申し訳なくなる感じ。

 

 

 

 

 

「それとあの…私は朝はヨーグルトがあれば後は何も要らないんです」

 

「ヨーグルトですね。あとフルーツぐらいは召し上がられないと。失礼ですが奥様は痩せすぎではありませんか?」

 

「…」

 

確かにこの数ヵ月で少し痩せたと思う。

 

心配して言われているんだろうけど何だか嬉しい言葉ではなかった。

 

そう思いながらも

 

「ありがとうございます。私も気を付けるようにします」

 

と微笑んだ。

 

白滝は手際よく家の事をしていく。

 

私は出掛けることにした。

 

朝はスーパーへの買い物を予定してたけどその必要はなくなった。

 

けど、何となく居心地の悪さに出掛ける選択をした。

 

 

 

 

 

身支度をして白滝に声をかける。

 

「出掛けてきます」

 

そう言えば…零の帰宅は何時なんだろう。

 

「はい。いってらっしゃいませ。では今日は夕食の準備をして帰らせて頂きますので。洗い物は置いといて頂ければ結構です」

 

「はい」

 

 

 

 

あぁ。息苦しい…

 

 

 

 

ため息をついて玄関を出た。

 

 

 

 

 

婆やは住み込みだった。

 

屋敷の1室に部屋があり、夜中でもおなかがすいたと言えば何でも作ってくれた。

 

パパや、ママが居ないときは婆やのベットで絵本を読んでもらいながら眠った。

 

 

 

 

 

それは…

 

今までの生活。

 

ここは違うんだから。

 

早く慣れないと…

 

別に行く宛が有るわけではない。

 

白滝との時間に耐えられなくなっただけ。

 

これから毎日続くこの生活。

 

あの女の人が来るかもなんて思っていたよりきついかも。

 

どんどん自分の居場所が無くなっていく気がした。

 

 

 

 

「はぁ…」

 

どこへ行こうかと思考を巡らす。

 

…椿

 

そうか。

 

椿のところならここから遠くない。

 

「行ってみようかな」

 

 

 

 

 

私はマンションの前からタクシーに乗り椿のマンションの近くの繁華街迄行った。

 

途中で連絡したら凄く驚いてた。

 

そりゃそうか。

 

昨日結婚した者が翌日ほろほろと、親友の家に遊びに行くなんて。

 

あり得ないことかも。

 

 

 

 

 

繁華街でケーキを買って数分歩くと、マンションが見えてくる。

 

 

 

 

ピンポーン

 

「はぁーい」

 

開けられた扉の向こうで満面の笑みを浮かべて迎えてくれる椿。

 

心の底からホッとした。

 

今までどれだけ気を張っていたのかが分かる。

 

 

 

 

 

「ごめんね。急に」

 

「何言ってんの。バカだね」

 

「椿には本当の事ちゃんと話しておきたくて」

 

「何?…本当の事って」

 

「あの…」

 

「ちょっと待って!まずはじっくりと、話を聞くための準備をしなくちゃ」

 

そう言って、ジュースと、コップ、お皿にフォーク、お菓子も机の回りに置いた。

 

 

 

 

 

「さ、お待たせ。いいよ」